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by usu_iimail
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ALS

姉がマッシュルームをみじん切りにしてたら・・・

お行儀よく近寄ってきたういたろう。


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いつも、みじん切りのくるみをもらうので、みじんぎりのアクションを見て

「ぼくのでしょ!!」 と期待してるみたいです。


もちろんその後、クルミをもらっていました。



さて、今、氷水をかぶるニュースが、動画が次々と。


義母をALSで亡くして10年以上経つ我が家です。  

ALS(筋委縮性側索硬化症)、名前だけ見ると、身体が縮んで硬くなってしまうんじゃ!!

そんなことはありません。見た目、力なくなっていきます。背もたれが頭まである車椅子に

乗ります。もちろん身体に力が入らないからです。

なぜそんな名前なんだろう?と、義母を見てそう思っていました。


難病とわかり、どうやったら治せるか、治りたい!という切羽詰まった状況ではありませんでした。

病気になってしまったからには、受け入れるのが一番と思いました。そう思うしかなかったのです。



義母が元気に新日本舞踊をやっていた頃は、家族全員がそれぞれ忙しくしていました。

義母の介護が必要になり、会話を交わすこともないくらい素っ気ない義父が、週末、単身赴任先から病院に

通いました。私の夫もそれを手伝いました。私は子供がまだ小さかったので、子育て中心の生活でした。

それぞれが、それぞれの生活に明け暮れていただけの毎日に変化が出ました。


義母の手をさする義父の姿がすごく新鮮だったし、義父も苦しかったでしょう、首を動かして

「YES」「NO」としか答えられない義母が返事に困っていると、(はい、と言って欲しい義父が)

「はいって言え!」と返事を強要したことも・・・その時の義父の気持ちが、義母の気持ちが痛いほど

わかり、その時一番家族だな~~と、良い事も悪い事も全部含めて受け入れられるようになりました。




私にとっては 「ALS」は、我が家にとって、意味のある病気だったと思っています。

今となっては懐かしい思い出、義母もやっと皆が自分の方を向いてくれた、家族が色々考えてくれた、

と思っていると思います。 また、沢山の人を相手に生きていた義母でしたが、病気により、本当に自分を

思ってくれていた人は誰か・・・と言うこともわかったと思います。



義母の最後は、国立療養所で横隔膜が自然に動かなくなり、肺呼吸が出来なくなり・・・・

というものでした。人工呼吸はつけない選択でした。 義母が迷わずに決めた選択です。



病院で義母が頭がかゆいと訴えた時に、洗髪してあげたのは良かったですが・・・、手際が悪く、義母も

体勢が苦しかったでしょう。なのにずっと我慢してくれていました。

「義母にしてあげれた」「嫁にしてもらえた」という、お互いの満足のために、ジッと我慢してくれた義母に

ありがとう!! という清々しい気持ちでいれる感謝を伝えたいです。  




あれから11年、そろそろ病気の一端でも解明できていることを期待しています。

なすすべもなく、受け入れざるを得ず苦しい思いをされている方々が、沢山いらっしゃいます。

病気を治すまでにはまだまだかかるのだと思います。ならば、患者さんや家族の苦悩が少しでもやわらぐ

ようなシステム、また介護体制、未来が明るく思えるよう生活の整えが出来るように・・・。

ALSのみならず、病気に苦しむ方々の支えは必ず必要ですよね。




ご寄付に氷水に...そしてご理解頂いた皆様には敬意ばかりです。

そして現代の情報の広がりには驚くばかりです。

私も何かの役に立つ人になれるよう頑張ります。 (氷水は残念ながらかぶれませんっ012.gif





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by usu_iimail | 2014-08-23 19:14 | 今日感じたこと | Trackback | Comments(0)